問題続きだったビートルズ日本公演

問題続きだったビートルズ日本公演

問題続きだったビートルズ日本公演

日本公演を東京の九段にある日本武道館で行うことを表明したビートルズ、
しかし当時世論はそれに大反発、神聖なる武道の精神を汚される問ってビートルズ反対運動が巻き起こります。
それに対して当時の若者は、ビートルズが武道館で演奏して何が悪いと大反論、徹底交戦の構えを見せます。
その若者と当時の芸能評論家とでビートルズの是非を問う討論番組でも
真っ向から意見は対立、事態は解決の余波すら見いだせずにいました。

 

もちろんこれには当時日本武道館の館長を勤めていた正力松太郎氏も反対、
どうにかしてビートルズを説得しようと躍起になります。

 

そこで思いついたのが武道館に替わる違う場所でのコンサート、正力氏は大金を用意してビートルズ陣営を説得、
日本武道館ではなく後楽園球場への変更を打診します。
しかしこれにはビートルズ側が反発、日本公演は是が非でも武道館で行いたいと一歩も譲りませんでした。

 

結局再三の説得にも応じず、ビートルズの武道館公演は正式に決定します。
しかし武道館公演反対の論調はおさまらず、来日後の記者会見でもある記者がその話題について触れました。
受け答えたのはポール、
「我々イギリス国民は日本の伝統芸能をイギリスの国立劇場で行っても何とも思わない」と反論しています。

 

かくして昭和41年6月29日から7月3日までの5日間に渡って行われた日本公演、
日本のファンの姿勢に感謝すると共にビートルズの今後の活動を決定づける出来事ともなってしまいました。